人生相談所に勤めてるけど質問ある?

人生逃げてもいいと自信を持って言えるように、逃げた先の可能性をつくりたいブログ

昔は足りない力を"支援”すればよかった。今は自分でがんばれるように"応援"する方が大事

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最近よく考えること。
いままでの考え方が通用しなくなってきてて、新しい方法を考える時期がきてる。

 

生活に足りない部分を"支援"する考え方では通用しなくなってきた

自分は10年近く福祉の業界で働いてきてて、精神科の病院とか、市役所の窓口みたいなところとかで、お金とか心身の健康で悩む人の相談を受けつけるお仕事をしてきた。

そこで困った人の相談に乗る基本スタイルは、来た人の事情を聞いて、補助金とか当てはまる社会制度があれば情報を伝えるかたち。その人に足りない部分を補える"支援"を当てはめるイメージで相談に答えてた。

役所もふくめて、多くの相談窓口ではいまもこんな感じで、実際これで助かる人もいるんだと思う。
でも、いまの相談所で働き出してから、そのスタイルがまったく通用しないパターンが増えてきた。特に10代後半〜20代の人たちに多い感じ。

 

架空のケース例をつくってみると、こんな感じ。

年齢は20代くらい。

大学卒業して働きたいと思ってても、メンタルの病気があってなかなかできずにいた。
小さいときから親から「お前はなにをやっても上手くいかない」的なことをずっと言われ続けてきて、一緒に暮らしたくないけどお金もないから一人暮らしもできない。
精神科にも通おうかと考えたけど、お金もないし通っても意味ないと思うから行っていない。

それでも生活をどうにかしたくて相談所に来た。どうしたらいい?

 

こんな内容を役所とかで相談すると、だいたいこんな感じで答えが返ってくる。

・精神科の通院費は補助できる制度がある。親と相談してお金を出してもらってください。
・メンタルの病気で障害年金がもらえる可能性がある。精神科の病院に行ければ診断書を書いてもらえる。
・仕事したいなら、トレーニングできる場所がいくつかある。連絡先を教えるので自分で連絡とってみて。

…どうだろうか。

 

いまの相談所で働きはじめてすぐ、相談に来た人にこんな感じで返していたら、こう言われた。

「そんなことができれば、苦労はしないです」と。

 

家族の力が弱まって、"支援"につながりづらくなってきている

昔は"支援"にまつわる情報だけ伝えられれば、それだけでなんとかなってきたのだろうと思う。
それはひとえに、家族のサポートがあったからだ。

本人が自分で社会制度にアクセスできなくても、家族が代わりに手続きできる。衣食住の基本も、家族が用意してくれる。
家族のひとりが困っても他の家族が"支援"してくれて、本人も家族も足りない部分は社会制度が"支援"してくれていた。

でも、今はそんな世の中じゃなくなった。
さっきの例にもあったように、親と一緒に暮らしてても関係が崩壊してたり、親自身も病気とかで生活に困っていると、とたんにサポートが得られなくなる。核家族化が進む前なら3世代で支え合えたのだろうけど、とっくにそんな時代じゃない。

こうして家族の力が弱まってきたことで、"支援"につながりづらくなってきてる。

 

学習性無力感は"支援"だけではどうにもならない

だからといって1人で"支援"につながるために動こうにも、この例ではそもそもメンタルの病気がある上、親から「何をやってもうまくいかない」なんて呪いをかけられ続けている。

親から言われなくても、自分でいろいろやってみた結果まったくうまくいかずに、失敗体験ばかり重ねてしまう人にもたくさん出会ってきた。

そんな人たちに「こうすればうまくいくから、やってみよう」といきなり言ったところで、すぐに動けるわけがないんだ。
学習性無力感といって、「何をやってもうまくいかない」と考えてる人は、自分が助かるための行動をしなくなってしまう。だって、うまくいかないのにやっても意味が無いから。

 

そもそも、足りない力を補う"支援"ってものは、学習性無力感とすこぶる相性が悪い。

"支援"を受ける=自力で生活できないダメなやつという考えが強化されてしまう。だから"支援"につながりにくいし、つながってもますます元気がなくなってしまう。

家族の弱体化と本人の学習性無力感
この2つが相まって、昔ながらの"支援"につなぐスタイルが通用しなくなってきてる。

 

足りない力を"支援"するより、自分でがんばる"応援"をする

学習性無力感のところを読んで、「そんなのワガママ」と思うかもしれない。"支援"が受けられるんだからありがたく受け入れろと。
そう、そんな誤解をして接するから、昔のやり方が通用しなくなるんだ。

 

相談に来た人から、こんなことを言われたのをよく覚えてる。

「私の代わりに勝手に問題を解決しようとしないでください。私が自分で解決できるように手伝ってほしいんです」 

周りが勝手に解決方法を決めて"支援"するのは、その人にとっては無力感を増幅させるだけ。
その人自身がこれからを決めてやり遂げる"応援"の方が本当は必要なんだ。

その人に必要な情報を取捨選択しながら説明し、ときには手続きに同行したり、一緒に動いてみる。
折れそうな気持ちを整理して、これからの生き方を話し合う。
ときには一緒にご飯やお茶をしたり、似たような状況の人たちを集めて遊んだりしてみる。

そんなことをして一緒の時間を重ねるうちに、いつの間にか自分で動けるようになってたことも実際にあった。こちらは定期的に報告を受けて、次の動きを一緒に考えるだけの人もいる。
おもしろいことに、社会制度の話はどんどん少なくなって、生き方とか人間関係とか、抽象的な話が多くなってくる。そういう話を腹を割って話せる人間関係こそが、本当は必要なものなんだ。

 

社会制度の"支援"から"応援"へのアップデートは、すぐにはなりそうにない。
どんな"応援"をするかはその人ごとのオーダーメイドだからだ。
現場で試行錯誤して実績を重ねていこうと思う。

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