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人生相談所で働いてるけど、なんか質問ある?

「生きてていいかも」が3ポイント上がるブログ

【ひとり親プロジェクト】駒崎氏・常見氏のやりとりにみた、政策提言と個別対応の壁【賛同します】

ひとり親の児童扶養手当の増額を求めるプロジェクトが立ち上がり、ネット署名のキャンペーンが行われています。

日本の母子家庭の就労率は約81%で世界でもトップクラスですが、正職員の率は39%しかなく、パート、アルバイト等非正規雇用が47%です。パートの仕事を2つも3つも掛け持ちをしても収入は少なく、平均年間就労収入は181万円しかありません。父子家庭も子育てのために残業や休日出勤が難しいため、やむを得ず非正規や派遣になるなど生活が安定しづらい状況です。その結果、日本のひとり親家庭の子どもの貧困率は54.6%と、先進国で最悪です。

このように苦しいひとり親家庭の生活を安定させるために児童扶養手当があります。児童扶養手当は、扶養している1人目の子どもには、所得の制限はありますが、最高月額42,000円が出ます。しかし、2人目には、どんなに所得が少なくても月額5000円、さらに3人目以降は、月額3,000円しか出ません。

こうした状況を打開するために、現在2人目月額5000円、3人目以降3,000円の児童扶養手当の加算額を、せめて1万円に増額していただくことを、政府に要望したいと思います。

自分はこのプロジェクトに賛同します。署名もしました。みなさまもぜひ。

さて、このプロジェクトに対して、社会学者でひとり親家庭の子どもでもある常見陽平氏がTwitter上で批判し、議論になっていました。いろいろ考えさせられたので、自分の意見を置いておきます。

 

ひとり親家庭=貧困」のレッテル

今一生氏が常見氏の代弁をする形で文章を書いています。常見氏の思いがよく表されているので、一部を引用します。
正直、駒崎氏への批判は一方的で同意できませんが…。

■常見さんと駒崎さんのツィートで考えた「ひとり親家庭」 | 今一生のブログ

一方的に施されるばかりなら、支援される側は「物乞いになれ」と言われてるように感じるかもしれないし、そうなれば立場も誇りも失うだろう。

どんなに貧しかろうが、どんなにハンデのある暮らしだろうが、「社会的弱者」は一方的に支援されるような「完全に無力な存在」ではない。

むしろ、「彼らには何もない」と貶める視線こそが、当事者自身があらかじめ持っている固有の価値についての関心を見失わせる。

ひとり親家庭=貧困」を前面に出して経済的支援を求めるのは、貧困でない家庭も含めたひとり親全体に弱者のレッテルを貼ることになってしまう。支援する側・される側の上下関係を生んでしまい、ひとり親を「完全に無力な存在」に追いやってしまう。

このことに対する反発が、常見氏の一連のツイートにつながったのでしょう。そうした思いを抱いてしまうのは当然のことで、理解できます。

 

個人の多様な立場を尊重すると、社会問題の解決が遠のく 

これに対して駒崎氏は、ひとり親や女性の貧困に関する統計を示し、現場で実際にみた現状を伝えて反論しています。


また、社会問題に取り組む際、当事者の多様な立場を尊重してしまうと解決が遠のいてしまうことを語っています。

ポイントは以下の二つ。

1.本質からトピックをずらしてしまうことで、建設的議論を阻害する

「ひとり親の貧困が問題だ」→「貧困じゃない人もいる」→「いやいや、それはわかっているんだけど、統計や実際の生活は…」となり、議論の方向が問題解決に向かわなくなってしまう。

2.問題を可視化しようとした時に、「一部の〇〇はそうだが、全体はそうじゃない」という言説は、問題解決を遅らせる

1の結果、問題解決においては本質的ではない議論にずれてしまい、その分解決のアクションが遅くなってしまう。

 

「日本のひとり親家庭の子どもの貧困率は54.6%」というデータから、ひとり親家庭の過半数が貧困状態にあるのはすでに明らかです。「ひとり親は貧困かどうか」より、「どうすれば助けることができるか」を考えたい。これもその通り。

 

個別対応と政策提言では、ときに正反対の態度が正解となる

常見氏と駒崎氏、どちらの意見も単独で見たら理解できるのに、どうして対立した考え方になってしまうのでしょう。

常見氏の文脈は個別対応の場ではしっくりきます。つまりひとり親家庭それぞれに付き合ってよりよい暮らしを考える際に有効な考え方です。
一人ひとり事情が違う家庭に対して「ひとり親=貧困」の先入観を持って対応すれば、反発されるのは当然のこと。それぞれの家庭の生活実態や個人の思いを共有しながら、オーダーメイドの解決策を考える必要があります。

一方、駒崎氏の文脈は政策提言の立場。政策を用いて社会問題を解決するときには、すべての人を満足させることはできません。
例えば、年収100万円以下の人に生活費を支給する制度ができたとして、年収101万円の人はどうするんだ、という話になってしまいます。個別の事情すべてに対応することを考えてしまうと、いつまで経っても社会問題は解決しないのです。

こうして、個別対応、政策提言、立場が異なると正解となる立場が正反対になってしまうのです。両者の意見のすれ違いは、ここに原因があります。

 

当事者から石を投げられる覚悟で、社会問題の解決を目指す

もっとも、駒崎氏を含めたプロジェクトのメンバーは、こうした批判が起きるのは覚悟していたんだと思います。なぜなら、現場で貧困に苦しんでいるひとり親の現状を知っているからです。 

ひとり親の貧困を前面に押し出したキャンペーンを打ち出すことで、生活保護を受けずに頑張っている人、子どものいじめを心配する人など、様々な批判があることは当然予想されます。
ですが、このキャンペーンが成立して制度が改正されれば、経済的に困っているひとり親は間違いなく助かります。だったら、当事者から石を投げられてもやるしかないのです。
「あなたを傷つけてごめんなさい。でもやります。ごめんなさい」と、政策提言の中で生まれる痛みを、個別対応で償うしかない。この姿勢を見せられるかどうかが、批判を和らげるポイント。

自分も福祉の現場でいろいろな家庭を見て、様々な困難さを目にしてきました。ですが、このプロジェクトのような政策提言は全くできていません。自分の力のなさを痛感します。プロジェクトの動向を勉強しながら、成功を応援します。

 

以上、福祉の現場からお届けしました。

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【平成27年9月17日公表】厚労省が公開した「新たな時代に対応した福祉の提供ビジョン」にコメントしてみた

厚労省から新たな福祉のビジョンが出されました。柱は4つ。

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  1. 包括的な相談体制システム
  2. 高齢・障害・児童等への総合的な支援の提供
  3. 効果的・効率的なサービス提供のための生産性向上
  4. 総合的な人材の育成・確保

少なくともビジョンとしてはどれもその通りだと思います。
いろいろ思うところがあったので、このビジョンにひとつひとつコメントしていきます。マニアックなのは承知の上だー。

 

1.包括的な相談体制システム

今まで分野別に福祉制度が発展してきたのは意味があったんでしょうが、分野をまたいだノウハウ共有が進まず、非効率を生んでいます。そこを束ねる意義は大きい。
本当はどの相談窓口に行っても高齢も障害も児童もなんでもOKになればいいんでしょうが、すぐにはなかなか難しい。中心になる窓口が一つあるとスムーズにいくのは、千葉の中核地域生活支援センターをみればわかります。

中核地域生活支援センターの設置/千葉県

というかこの「包括的な相談体制」って、かなり前から何度も出てきてないですか?生活困窮者自立支援法の自立相談支援事業とか。この新しい相談窓口と生困法の窓口は連携していくみたいですけど。
「包括的な相談体制」がなかなか実現しない原因をちょっと考える必要があると思います。自分が考える理由は後ろに書きましたよ。

 

2.高齢・障害・児童等への総合的な支援の提供

相談窓口だけじゃなく、集まったり泊まったりできる場所も分野をまたいで作っていきたいみたいです。特に過疎地域では、地方創世の予算を使っての取り組みが始まってるとか。

その場所では、集まった人たちで「いかに今日1日を機嫌よく生き延びていくか」を一丸となって考えていければいいんだと思います。よく言われる「支え合い」とも違う。
高齢や障害ゆえの不便さを補うのはサービスかもしれないけど、力を合わせて機嫌よく生き延びるのは、能力のあるなしは関係ない。実際、場のメンバーが最も機嫌よくなれるのは、何もできない赤ちゃんがいることだったりします。

必要なのは支援じゃない。共同体です。

 

3.効果的・効率的なサービス提供のための生産性向上

福祉に効率とはけしからん!と思うかもしれませんが、必要なムダは省いちゃだめだけど、不必要なムダを省くのは大事なこと。
厚労省はICTとか難しいこと言って予算要求してますけど、そこまでしなくてもできることはいろいろあるはず。

例えば、福祉の業界は電話連絡が多すぎる。5分以内に返答がほしいこと、相談ごと以外はメールにしてほしい。電話じゃなくてもいいことで仕事が中断させられるのって、けっこう苦痛。名刺にメールアドレス書いてなくて、FAXせざるを得ないときは絶望的になります。昭和かと。
あと、会議多すぎ。そして長すぎ。進行役が落としどころを考えてないこともあるし、メンバーが言いたいこと言って進行に協力しない。顔をあわせることも大事だけど、Skypeとかも柔軟に活用してほしい。

必要なムダは省いちゃだめだけど、不必要なムダを省くのは大事。大切なので2回言いました。

 

4.総合的な人材の育成・確保

1や2の施策がいいことなのはわかるんだけど、すぐに誰でもできるわけじゃないから研修とかやって育てましょうね、ってこと。そりゃそうです。

自分も2年前から総合相談っぽいお仕事してますが、分野を超えた相談って知識より考え方のハードルの方が大きい。
対象やできることが限定してる相談窓口は「あなたの相談内容はうちじゃないです」って言えばすむけど、総合相談だとそうはいかない。

総合相談では、相談に来た人の暮らしを、分野にこだわらずにあらゆる手立てを駆使して考える必要があります。手立てがなかったら自分たちの手でできることを相談者と一緒にやるんです。ゴミ屋敷の掃除とか。自分も2年で10軒くらいはやりました。まだまだ。

制度とかの知識は相談に乗ってるうちに覚えてきます。言い換えると、相談に来た人が覚える機会をもたらしてくれます。感謝すべき。でも、あらゆる手立てを目の前の人の暮らしを支える考え方は、なかなか身につかない。
相談所のリーダーが指針を身をもって示せるかが重要です。自分はそのへん、恵まれています。

 

厚労省の出すことって、ビジョンはとってもいいけど具体的になると「なんじゃこりゃ?」ってなることもしばしば。いろいろ深堀りしていこうと思います。

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居場所にコンセプトなんかいらない! 『「他力資本主義」宣言』の内田樹先生に学ぶ場づくりのヒント

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湯川カナさんの『「他力資本主義」宣言 「脱・自己責任」と「連帯」でこれからを生きていく』を読んでいたく感動しました。

湯川カナさんは、神戸を中心に活動している「リベルタ学舎」の代表の方。
「生きる知恵と力を高める」ための学びと実践の場づくりをしているそうです。
そんな居場所をつくるには、どんなことを気をつければいいか、思想家の内田樹先生との対談で語っています。

不登校や引きこもり、高齢者や障害のある人など、社会に居場所がない人が集まれる場をどうやって作りだすか。そんな古くて新しい課題へのヒントが満載でした。

 

設計図は描いちゃダメ! 出発地点で自分を縛らない

居場所づくりってだいたい「不登校や引きこもりのための居場所」とか「一人暮らしの高齢者のための居場所」とか、具体的にイメージを浮かべてつくるもの。
でも、内田先生は、そうしたつくりかたはいい方法ではないと語ります。

内田 こういうグループを作りたいので、集まってください」って言って始めるものじゃないんです。ほんとうに生産的なグループって、不思議なもんで、求人しちゃいけないんです。『即戦力求む』とか絶対しちゃダメ(笑)。

えー、今まで考えてたことと全く逆。どうしてなんでしょう…?

内田 なにも始まってない段階で、「こういうスタッフを集めて、こういうプロジェクトを展開しよう」なんて思ったら、それだけでがんじがらめになってしまう。出発地点で自分を縛るようなことは絶対にしちゃダメ。共同体って、自分ひとりの知性や想像力では思いもつかなかったことを実現するためのものなんだから。ブレークスルーをするために共同体を作るのに、「ブレークスルーするための共同体の設計図」の下絵を自分で描いてどうするのよ。「予想範囲内で、予定通りに起こるブレークスルー」なんて論理矛盾じゃない。

うーん、始める前から「居場所がないこういう人に集まってもらって、こんなプログラムをして」なんて具体的に考えちゃうと、集まった人のアイデアが生かせないってことなんですかね。
せっかくいろんな人が集まったのに、がんじがらめになっちゃって化学反応が起こらないのはもったいない。最初から対象や内容を限定しないで、集まった人やその時の流れに身を任せると、思いもよらないブレークスルーが起きるものなんですね。

 

歴史・伝統、だれでもイメージできることを中心にする

かといって、「誰が来ても、何をしてもOK」な居場所にすると、自由すぎてどう使っていいか分からない気がします。
どんな人が集まるかわからないと、自分に合ってるかどうかもわからないから行きづらい場所になってしまわないでしょうか。

内田先生は、合気道道場「凱風館」を運営しておられます。

内田 ここは道場だから存在理由がはっきりしている。僕個人とは無関係に合気道の思想と技法というものがあって、それを次世代に継承し、世界に広めてゆくという長期的で、スケールの大きい存立理由があるわけです。基本が、縦軸なんです。だから僕が死んでも凱風館の存立理由は変わることなく継続してゆく。この縦軸はまったく揺るがない。

合気道の思想と技法をを継承する」という道場の目的には、個人の思いを超えた歴史の縦軸があります。居場所の目的にありがちな「みんなで楽しく過ごす」とか「いろんな人と触れ合う」とか、そうしたものは個人の思いとしてはあっても、歴史的な縦軸を考えると弱いのです。
歴史や伝統に根ざした「伝えたいこと」「この居場所を作って表現したいこと」を、何としてでも世の中に広め、受け継いでいきたい。そうしたことが居場所の理念になれば、人が集まる安定した旗印になるってことなのかな。

あるいは、誰が聞いてもはっきりイメージできるものがいいのかも。「道場」って言葉を聞けば誰でも同じような空間をイメージできる。でも、「楽しい居場所」だと、人によってイメージが千差万別になってしまいます。
誰でも簡単にイメージできる目的があれば、世代や経験を超えて集える中心になれます。そうしたものを考えればいいんですね。

 

その想いは、だれからも必要とされなくても耐えられるか?

自分が伝えたいことが、本当に居場所の柱になるかどうか。その見分け方はニーズがなくても、無人の場で待ち続ける自分を支えるだけの柱になるのか」だといいます。

内田 誰も来ないということは、「ニーズがない」ということでしょ。そのとき、自分は誰も教わることを望んでないことを教えるために、ここにぼうっと座っているのかなちょっと不安になったけれど、でも平気だった。ニーズがあろうとなかろうと、自分のほうには「どうしても伝えたいこと」があったから。
それは一方にニーズがあり、他方にサプライがあり、需給関係がめでたく成立というのとはぜんぜん違う話なんです。

たとえ1日だれも来なくても、最初の一人が来るまで待っていられるか。もし「ニーズがないならこの伝統は止めます」なんて言ったら、歴史を超えて受け継がれないですからね。

うーん、そんなの簡単に思いつきません。なんだか、発想の仕方を変える必要がありそうです。

 

中身はいいから安定したリアルな場をつくれ!

実際に居場所を作りたいと思ったら、具体的にどこから手をつければいいのでしょう?

湯川 共同体を作らなければと思う人が、もし「最初何をやったらいいですか?」って相談してきたら、答えは「リアルな居場所を作れ」ということなのですね。
内田 そうだね。しっかりした基礎を作ること。
湯川 「居場所」って普通、概念的に使われると思うんですよね。たとえば「みんなが笑顔であるような居場所を作ろう!」とか。でも先生が言われる「場」は、直接的な意味であって、ものすごくとてもリアルな意味での「場」なのですね。

普遍的な目的が決まったら、プログラムとかソフトな部分を考えずに、リアルな場を用意しちゃえばいいんですね。

でも、場をつくるにしても、安定して運営できないと、続かずに行き詰まってしまいます。内田先生は、合気道道場を建てる際にこんなことを考えたそうです。

内田 道場のベースはきちんとしているよ。建物としてもしっかり作ったし、財務的にも安定してるし。だから門人たちは何の心配もなく、好き勝手に遊べるんじゃない。土台がグラグラしてたら楽しめないでしょ。

確かに、居場所のヒト・モノ・カネが不安定だと、安心して過ごすことができません。そこを土台にしていろいろチャレンジすることもできません。中心にしようと決めたことを表現した場所を、安定して続けられることが大事なのですね。

内田 あのね、コンセプトなんか要らないです。手触りとか匂いとか、そっちのほうがずっと大事。

 

やりたいことを楽しくやらないと継続できないよ!

いろいろ考えると悩んじゃいますけど、いちばん大事なのは継続すること。始めることより継続するのがはるかに大変ですが、居場所は継続してこそ意味があります。

内田 いつも言ってるけど、社会的責任を果たすのって、本当に大変なんだ。長期にわたるエンドレスの仕事なんだから。それができるためには「やらなければいけないから、やる」じゃなくて、「やりたいから、やる」というマインドじゃないと、エンドレスの責任なんて果たせないよ。「今の苦しみをぐっと耐えて」というような無理をしてたら、長くは保たない。長期的な仕事をしようと思ったら、喜んでやらないと。

そう、「やりたいから、やる」というスタンスが大事。だれからも頼まれてない余計なことなんだから、楽しんでやらなきゃもったいない。いろんな人に来てもらうにも、楽しそうにしてることはとっても重要です。

内田 楽しいことじゃないと継続できないし、ほんとうに意味のある仕事はそうとう長期にわたって集中的にやらないとかたちにならないからね。短期的で成果が出るっていうことはまずないよ。短期で成果が出るのは金儲けだけだよ。

 

内容をまとめると、居場所をつくる手順はこんな感じみたいです。

  1. 歴史・伝統など、だれでもイメージできる「中心」を考える。
  2. 「中心」を表現できるリアルな場所をつくる。
  3. 場所を安定して楽しく運営し続ける。余計なコンセプトは考えない。

 

抽象的なことが多かったですが、不登校・引きこもりや高齢者などの集める人から考える居場所づくりからはだいぶ違う、本質的なことを知ることができました!
歴史や伝統に基づく「中心」ってなんですかね…。なんとなく「実家」っていうキーワードが出てきました。

まだまだ考えてみます。

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自分「ニートやホームレスの暮らしを支える仕事してます」→初対面の人「ヒーローみたいっすね」→自分「」

先日、とあるイベントで田植えに行ってきました。田んぼに入るのはじめてで、長靴買うのにワークマンではじめてのおつかい。

f:id:wa9ta:20150529233629j:imageめっちゃ晴れてて気持ちよかったー。

 

そこで出会ったAさん(仮)とのやりとり。

Aさんは福祉の業界とは縁がなさそうな仕事をしてて、20代で起業してるっぽい人。

 

Aさん「はじめましてー。普段どんな仕事してるんですか?」
自分「福祉の業界でして。うつ病で働けなくて家にこもってたり、お金がなくてネカフェ難民してる人とかの話を聞いて、暮らしを支える仕事をしてるんですよー」
Aさん「へー、ヒーローみたいっすね」
自分「」

 

なんというか、なんて返して良いか分からなかったですよ。
その後ずっと頭に残ってて、なんでこんなに気になるのか考えてみました。

あ、ちゃんと言っておくと、Aさんの言葉を感じ悪く受け取ったわけじゃないですよ。
このやりとりがなんで心に残ったんだろうなーと、ちゃんと向き合いたくなっただけ。
こういうことから意外と大事なことが見えたりするかも、と思ったものでして。

 

 f:id:wa9ta:20150529233739j:image今回植える稲。

 

福祉の世界にヒーローなんかいないのですよ!

まず考えたのは、Aさんがどんな意味で「ヒーロー」って言ったんだろうってこと。
「自分を犠牲にして他人の役に立つ人」みたいな意味なのかな。
自分の仕事内容を聞いて「まあ!福祉のお仕事だなんて、困ってる人のために尽くしてスバラシイ!」とか思ったのだろうか。

 

いやいや、全然そんなことないですから!!!

 

仕事がら、現場の人・役所の人・管理職クラスの人、いろんな人に会いますけど、全部が全部人の役に立ちたい!って人じゃないですよ、正直。
感覚的には、普通に一生懸命やってる人とやる気ない人が2割ずつくらいで、他はどっちでもない感じ。
人生丸ごと投げ出してどっぷり人助けしてる本当のヒーローなんて、1%くらいのもん。

 

しかも、人に幸せを感じてもらったり、不便や不満を解決することでお金をもらってるのって、福祉に限らずどの業界も同じでしょ。
違うのは、お金の出所が税金なのか個人のお財布かだけ。
なんで福祉業界だけヒーロー扱いされるのか、いつもよく分かんない。

 f:id:wa9ta:20150529233750j:image田植えスタート!

 

でも、問題を解決することに快感を感じてるかも…

ここまで考えて、はっと自分の働き方を思い返したわけです。
自分は本当にヒーローっぽい感じに酔ってないだろうか、と。

 

困ってる人の相談所で働いてて、毎日のように「お金がない」とか「うつで具合が悪い」とか相談が舞い込んでくるんですよ。
それを一つ一つ、安定した暮らしになるように一緒に考えていくわけです。
そんな中、一人ひとり上手く軌道に乗るたび、ゲームを攻略した気持ちになってる自分もいるんですよね。

それはそれで楽しいから良いんですけど、時々怖く感じるときも。
何かっていうと、問題を解決することに気を取られすぎると、困ってる人の気持ちを置き去りにしちゃうことがあるのです。

 

例えば、悩みごと親や友達とかに相談したとき。
悩んでることを色々説明したとき、一方的に「こうしたら良いよ」なんて言われても納得できないときってありますよね。
誰でも、アドバイスがしっくりこないときとか、もっと時間をかけて自分で考えて結論出したい時ってある。
他人が出した勝手な結論に乗れないときだってあります。

それなのに、いわゆる「専門家からの助言」って、なんとなく従わなくちゃならない空気になりがち。
相談しに来た人に『せっかくアドバイスしてくれたから言うこと聞かなくちゃ』って気を使わせてしまう、なんてことも。
本当は専門家の方が、そうした気持ちの揺れに敏感であってほしいのに。

 

ヒーローって言葉には「勝手な正義感を振りかざす人」って意味もある。
専門家から見た勝手な「ぼくのかんがえたてきせつなアドバイス」をぶつけて、勝手にヒーローになったつもりになってないか、いつも頭の片隅に置いておかないといけないなーと思いました。

 

自分の中にある『未解決の人間』な部分

てことは、Aさんの「ヒーローみたいっすね」って言葉が、「勝手な正義感を振りかざしていい気になってるんじゃないの?」って意味に脳内変換されたからショックだったってことかも。

自分はいつも心のどこかで焦りがあって、このままじゃダメだ、もっと新しいことやって先に行かなきゃって考えちゃってます。
根っこにあるのはどうしようもない劣等感。
それが困ってる人の相談に乗ってるときにも出てしまって、気持ちを置き去りにして解決を急いじゃうんじゃないかと。

 

ふと、小野美由紀さんのエッセイ『傷口から人生。メンヘラが就活して失敗したら人生が面白くなった』という本の中に『未解決の人間』という言葉があるのを思い出しました。

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「ブラジルには、『マオ・レゾルビーダ』という言葉がある。直訳すると『未解決の人間』。自分の家族や、自分の悩みを、解決していない人間を指して言うんだ。マオ・レゾルビーダは、ブラジルでは社会的に評価されない。たとえ大企業の重役に就いていたとしても、『あいつはマオ・レゾルビーダだからな』と言われて、仲間内では信頼されないんだ。君たちの周りにも、マオ・レゾルビーダはたくさんいるだろ?」

この『未解決の人間』って、「自分の問題が見えていない人、見ようとしてない人」って意味なんだと思うんです。
自分の問題が見えてないから、解決できずに他人にぶつけてしまう。だから、他人にはよく見えちゃうんでしょうね。

 

自分の場合、劣等感があって、それが自分の中のどこからきてるのか見えてない。
見えてないから解決できずに他人にぶつけちゃう。
んな一方的な正義感を「ヒーローみたいっすね」って言葉から気付かされたのかなぁ。

 

こんな風に、自分の傾向を見つめることを福祉の専門用語で「自己覚知」って言います。
まあ、福祉に限った話でなく、自分のダメなところを知っておくのって大事。
解決しなくても分かっていればどうにかなることって多いですからね。

 

 

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なんてことを考えてるうちに、いつの間にか田植え終了。

 

 

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お昼のおにぎり美味しかったー。

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【2015年4月スタート】お金や仕事が無い人のための「生活困窮者自立支援法」は全国民必修レベル

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2015年4月から始まった、生活困窮者自立支援法
お金や仕事がなくて困ってる人の助けになるためにできたこの法律。

でも、福祉はだいたい小難しくって、使いたい人に情報が届かないのが困りもの。
どうすれば困ってる人が助かるかはみんな考えるけど、それをどう届けるかはあんまり考えられてない。
良い仕組みを作れば自動的に必要な人に行き渡るなんて、そんな甘い話はないのです。
偉い人にはそれがわからんのですよ!

こうしたセーフティーネットは税金で回ってるので、知らずにいるのは生命保険を無駄に払ってるの同じ。
どんな法律かざっくり解説してみるので、困ったときに思い出してみてくださいねー。

 

暮らしに困ってるけど、生活保護を受けるまでじゃない人がイメージ

まず、この法律全体のイメージを。

この仕組みが始まるきっかけは、リーマンショック後の不況で生活保護を受ける人がどんどん増えちゃったこと。
暮らしに困った人を支える仕組みが完全に時代遅れで、失業とかでちょっとつまずくとすぐに生活が成り立たない状況になっちゃってた。

それじゃいかん!ってことで、生活保護を受ける前にいろいろ手当てしようってのがこの「生活困窮者自立支援法」。
2015年4月から正式スタートになりました。

具体的な中身はどんな感じかと言いますと、必須事業任意事業に分かれています。

 

必須事業は以下の二つ。
・自立相談支援事業
・住居確保給付金

それぞれの市区町村で必ずやることになっています。

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【必須事業】困ったときの相談窓口「自立相談支援事業

この法律の恩恵を受けるためには、まずこの窓口に相談することになります。
この窓口の特徴は、お金や仕事に困ってる人はどんな人でも相談に乗ってくれること。

今までの福祉の相談窓口は、障がいのある人、高齢者など、その人の特徴によって細かく分かれていました。
困ってる人にとって、自分がどの窓口に行けば良いのか判断するのはとっても負担。
とりあえずここに飛び込めばOK!ってのは、実は画期的なことなんです。
というか、今までが不便すぎたのですけどね。

ここから先にもいろんな事業がありますが、とりあえず困ったらここの相談窓口にいけば案内してくれますよ。
正直、この先の説明はおまけみたいなもので、新しい窓口ができたってことだけ覚えてればあとは大丈夫!

 

厚生労働省がアップしている自立相談支援事業の窓口は、以下のリンク先をご参照あれ。
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12000000-Shakaiengokyoku-Shakai/0000080689.pdf

平成27年4月1日現在、まだまだ「調整中」が多い感じです。
良い感じに役所のバタバタ感が伝わってきて、味わい深いですね。

 

【必須事業】仕事がないときに家賃を出してくれる「住居確保給付金」

仕事をクビになって家賃が払えるか危ないときや、払えきれずにアパート出ることになった場合、仕事が見つかるまで家賃分のお金をくれる仕組み。
この仕組み、実は同じものが前からありました。
他の法律で動いてたものが組み替わっただけですね。

家賃を出してくれる期間が短いのが、この仕組みのイマイチなところ。
最低3ヶ月、長くても9ヶ月で打ち切られちゃいます。

しかも、出してくれるのが家賃だけ
仕事が決まるまでの食費とかは、失業手当とかで自分でどうにかしなくちゃなりません。
手当がない人は別口の仕組みでお金を借りることになるんですが、これぶっちゃけ借金なんですよね。
仕事がすぐに決まる保証なんてどこにもないので、借金作るくらいなら直接生活保護になった方がマシ。

つまり、住宅確保給付金は「失業手当を受けていて、家がなくなりそう(なくなった)人」限定の仕組み。
しかも期間が最大9ヶ月。
それでも仕事が見つからなければ、手当てや貯金がなくなり次第生活保護になる流れ。

正直、使いドコロが難しすぎる…。

 

さて、ここから先は任意事業
・就労準備支援事業
・一時生活支援事業
・家計相談支援事業
・生活困窮者世帯の子どもの学習支援

やるかどうかは市区町村におまかせな事業ですね。
まだまだ実態が見えづらいので、ざっくり説明でご勘弁を。

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【任意事業】半年〜1年かけて就職を目指す「就労準備支援事業

長年引きこもってた人や、就職失敗してブランクがある人などに、就職に向けたトレーニングをする仕組み。
昼夜逆転してたり、長年人とコミュニケーション取ってない人は1年コース、体慣らしのお仕事をすればなんとかなりそうな人は半年コースみたい。

いわゆる、ニートとか若年無業者をイメージした仕組みっぽい。

 

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【任意事業】一時的に屋根とご飯を提供してくれる「一時生活支援事業

ホームレス生活を送ってる人やネットカフェ難民とか、 家のない生活をしている人のために屋根とご飯、服とかを提供する仕組み。
利用料は無料で、原則3ヶ月以内にアパートとかを借りて出て行く流れ。

ネットカフェ難民って、仕事はしてるけどネカフェのお金が高くて貯金がたまらず、敷金礼金が出せなくていつまで経っても家が借りられない人が多い。
1ヶ月トータルで考えると、ネカフェより普通にアパート借りちゃった方が安いんです。

一時的にでも無料のところに身を置ければ、貯金ができてアパートを借りられる。
ネカフェって毎日暮らすには心身ともにしんどい場所なんで、この事業で救われる人は多いはず。

 

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【任意事業】お金の使い方を一緒に考えてくれる「家計相談支援事業

お金に困ってる人は収入が少ないだけじゃなく、やりくりがうまくいってない人もいます。
クレジットカードで借金しちゃう人とか、そもそも今まで誰からもやりくりの仕方を教わってない人とかも。
お金の使い方をコントロールできることは、自分の暮らしをコントロールできるってこと。

「家計相談支援事業」は、自分で自分の暮らしをコントロールできるように、お金の使い方を一緒に考えて、うまいやり方を教えてくれる仕組み
借金がかさんでどうにも返せない場合、弁護士さんを紹介してくれて自己破産とかも案内してくれます。

 

【任意事業】貧困の連鎖を断ち切る!「生活困窮者の子どもの学習支援」

今、お金に困ってる親の子どもが大人に再びお金に困る「貧困の連鎖」が問題になっています。
子どもに教育費をかけられないといった理由だけじゃなく、生活自体が不安定で学業に集中できないことも。
例えば、シングルマザーの親が安い給料の仕事を掛け持ちしてて子どもを充分にみられず、子どももアルバイトで生計を支えるために高校を中退したり…。

子どもの6人に1人が貧困状態にあると言われる状態を受け、国も「子どもの貧困対策推進法」という法律を作り、対策を始めました。

生活困窮者自立支援法の中でも、お金に困る家庭の子どもがきちんと教育を受けられるよう、学習支援を行う仕組みがあります。
家庭教師のように家に行って教えてくれたり、みんなで集まってグループ学習したり。
勉強だけでなく、力になってくれる大人や仲間が近くにいることが大事な要素になってるみたい。

 

準備が全然整ってない!ちゃんと機能するのはもうちょい先かも…

ここまでいろいろ解説してきましたが、正直、どこの市区町村も全然準備が足りてない!
この法律が始まって初めて相談窓口をやる人もいそうな感じで、場所によっては不慣れ感満載かも。

生活保護が増えないようにこの法律ができた」って書きましたが、この法律ができたことで、本当は生活保護が必要な人がちゃんとつながらずに無理やり追い返されてしまわないか、不安の声も上がってます。

また、任意事業でいろいろメニューがそろってるものの、やるかどうかは市区町村しだい。
住んでる場所が命運を分けるってのも、なかなか悩ましい問題です。

仕組みができたのは良いけれど、運営するのはやっぱり人。
期待された動きができるようになるまで、まだまだ時間が必要なのかもしれません。

 

もしこの法律の窓口に相談してうまく行かなかった場合に備えて、「認定NPO法人もやい」が発行している『困った時に使える最後のセーフティネット活用ガイド(第3版)』を貼っておきます。

『困った時に使える最後のセーフティネット活用ガイド(第3版)』
http://moyai-files.sunnyday.jp/pdf/seiho-guide_3.pdf

 

ガイドの最後のページに相談先リストも載ってますので、ご参考くださいませー。

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福祉が社会問題に勝利したことなど、人類の歴史で一度もない。問題解決なんて止めて、ほしい未来をデザインしよう!

女子高校生サポートセンターcolabo(http://www.colabo-official.net/)で孤立し困窮した少女の支援をしている、仁藤夢乃さんのインタビュー記事を読んで。
記事はこちら。

  

生活に困窮すると多くの人は自分から相談しない

印象的なところを引用します。太字はこちらで追加。

虐待を受けた子などは、自分がそもそも支援を受けられる存在だと思えていません。「助けて」と言うことがすごく悪いことなんだって教えられていたりとか、人に頼らずに自分で稼いで生きていかないといけないと思っていたりします。社会の「自己責任論」のど真ん中で生きてきてしまった人は、「自分が悪いから、助けなんて求めない」となってしまいます。

支援を必要とする子が、行政などの窓口に来ないのは当たり前だと思うんですよ。福祉や支援が行き届かないというのは、支援のあり方が機能してないだけの話だと私は思います。居場所が必要とか、どんな支援が必要かとかいう議論はしても、その「中身」を子供たちにどうやって届かせるかという部分が全然間に合ってないなと思います。

 

支援が必要な人に届いていないという問題は、女子高生に限った話ではありません。
先日も、生活に困って県営住宅を追い出される母が、子どもを手に掛ける事件が記事になっていました。

市によると、母親は13年4月、銚子市役所を訪れた。国民健康保険の保険料を滞納し、保険証が使えなくなっていたからだ。保険年金課で滞納者が短期間だけ使える保険証をもらう手続きをした。生活苦を察した職員に促され、母親は社会福祉課という生活保護の担当窓口にも行った。

この時の「面接記録票」という書類が残されている。

生活保護が利用できるか、判断にかかわる収入と預貯金はともに「未聴取」。保険料滞納の理由も書かれていない。担当者は「聞くべき点が聞けていなかった」と振り返る。母親は生活保護制度の概要を聞き、帰路についた。再び相談はなく、市からも連絡しなかったという。

滋賀県野須市 市民生活相談課)生水(しょうず)裕美・専門員は「『どうせ解決しない』。生活に困窮すると多くの人はそう思い込み、自分から相談はしない。支援策も知らず『情報の貧困』でもある。役所から積極的に働きかけないと解決は難しい」と話す。

 

両方の記事に指摘されてることは、生活に困ってる人に情報が届いていないということ。
言い換えると、今までの福祉制度は「生活に困ってる人は自力で相談窓口にたどりつける」という前提で動いてきたってこと。

こうした前提は申請主義と呼ばれていて、年金でも生活保護でも、窓口に行って手続きしないと役所は何もしてくれない仕組みになっています。
逆に言うと、役所の人がいくら目の前の人を助けたいと思ってても、ご本人が手続きをしてくれなければ何もできないのです。現場で頑張ってる人も多いんですよー。

 

福祉が社会問題に勝利したことなど一度もない

はじめの方で紹介した記事のタイトルは福祉行政は風俗産業に敗北している」でした。
生活が不安定な女子高校生に対して、福祉の支援よりも風俗の勧誘の方が手を伸ばせていることを受けて、こう表現したのでしょう。

しかし、この言葉を受けて福祉が社会問題に勝利できるようにがんばろう!」と考えても、きっと勝てるときは来ないんだろうと思います。
世の中は常に移り変わり、それに合わせて新しい社会問題も日々生まれ続けています。少子高齢化非正規雇用の増加も、数十年前では考えもされませんでした。

私たちはそうした社会の変化で起こるほころびを、気づいたときに直し続けるしかありません。ある問題が解決してもまた別の問題が生まれる。福祉とは、それでも社会が良くなる方向に試行錯誤する営みなのだと思います。
その意味で、福祉が社会問題に勝利したことなど、人類の歴史で一度もないのです。

 

問題解決よりも、ほしい未来を自分たちでデザインする

でも最近、問題を解決しようとするより、もっと良い考え方があるんじゃないかと思うようになりました。
きっかけはこのブログ。

まち作り合宿の講師の方が仰っていた言葉で印象的だったのが、
「そろそろ、地域課題を解決する」という思い込みから抜け出したほうがいい」ということ。

私、このときすごくはっとしました。
自分の地域で実践したり全国の地域を見ている中で、
「解決する」発想から→「表現する」発想へ切り替わる大切さを感じていたからです。

今大事なのは
「いかにして、自分の地域を差別化するか?」
「他の地域に勝つか?」「問題を解決し続けるか?」
という発想というのではなく、
「いかにして光る場を作り出すか?」ということだと思うんです。

 

『「そろそろ、地域課題を解決する」という思い込みから抜けだしたほうがいい』ってのは自分もはっとしました。
このブログは地方の地域づくりがテーマですが、福祉も同じ。「問題を解決しよう!」と考えてるうちは、問題を後追いして、イタチごっこをしてるだけ。問題だけに目を向けず、困ってる人が幸せになれるような未来をどうデザインするか。そんなスタンスが大事なんだと思います。

それは、「役所が悪い!」とか「法律を変えろ!」とか、ただ文句を言ったり自分じゃどうにもならないことを訴えるのとは違います。同じ想いを持つ仲間と、手の届く範囲をどう良くしていくかってこと。
問題解決は他人ごとになりがちですが、未来のデザインは自分たちでやること。未来を他人に委ねないで、自らの手で作っていきましょうー。

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何より、問題だけを見ていると暗い気持ちになっちゃうので、ほしい未来を自分たちで作っちゃえ!って思ってた方が、楽しくやれると思うんですよね。楽しいは正義。

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そこの学生さん! 福祉は絶望してる人が前向きになるのを間近で見られる、幸せな仕事ですよ

福祉の仕事はすばらしい!
最近仕事でちょっと感動したことがあって、たくさんの人に興味を持ってもらいたいと思って書きました。
「どうせ3Kで給料安いんでしょ?」と適当に思ってたら大間違いですよー!

 

そもそも「福祉のお仕事」って何?

Wikipediaで「福祉」を調べると、こんな言葉が書いてあります。

福祉(ふくし、英: Welfare)とは、「しあわせ」や「ゆたかさ」を意味する言葉であり、すべての市民に最低限の幸福と社会的援助を提供するという理念を指す。

社会福祉 (social-welfare) は、未成年者、高齢者や障害者で生活上なんらかの支援や介助を必要とする人、経済的困窮者・ホームレスなどに対し、生活の質を維持・向上させるためのサービスを社会的に提供すること、あるいはそのための制度や設備を整備することを指す。

福祉 - Wikipedia

福祉とは、広い意味では人の「しあわせ」や「ゆたかさ」のこと。
つまり、福祉のお仕事とは、いろんな人の「しあわせ」や「ゆたかさ」を応援するお仕事です

 

分かりやすい例は、お年寄りの介護、子どもの保育や虐待対応、障がい者の生活やお仕事の支援。
最近では、ホームレス生活をしてる人やネットカフェ難民若年無業者や引きこもり、家出少女など、様々な困りごとを支援する団体が出てきています。

ちなみに私は、主に軽度の知的障がいや発達障がい、精神科の病気があって仕事や生活に困ってる人の相談に乗る仕事をしています。
「病気や障がいのある人」と一口に言っても、置かれた状況は様々。
引きこもり生活を送ってる人、親と折り合いが悪く帰る家がない人、精神科の入院を急いだ方が良い人などなど。
セーフティーネットの仕組みを活用しながら、安心した生活が送れるように一緒に考えていきます。

 

人生に絶望した人の可能性を信じ、応援し続ける

これだけ読んでも、なかなか馴染みがないお仕事なのでイメージわかないですよね。
ちょっと私のお仕事を例にして、架空のお話してみます。

その人は、家族と折り合いが悪く、卒業と同時に家出同然で一人暮らしを開始。
しかし、職場の人間関係が上手くいかず、繰り返し仕事をクビになってしまいます。

 

そのうち「自分は社会で必要ない人間なんだ」と自暴自棄になり、引きこもり生活に。
貯金も底をつきかけ、イライラして家で暴れたり、自殺を考えるようになっていました。

 

そんな中、私はお宅に訪問し、その人とお話をすることになります。
これまでの暮らしや話している様子から、発達障がいがある可能性が浮上。
医者じゃないから断言はできませんが、生まれつきの障がいが明らかにならず、適切な支援を受けられずに人間関係の失敗を繰り返してきた可能性があったのです。

 

私は、病院に行くことや、再就職までのあいだ生活保護を受けることを提案。
しかしその人は「今まで何をやっても上手くいかなかったんだから、どうにもならない」と動こうとしません。

その人は、自分の人生に絶望していました。
今までの人生で何かが上手くいった経験があまりに少なく、新しいことを起こして失敗することを恐れてもいました。

そんな人に対して、ただ単にセーフティーネットの情報を伝えるだけでは無意味。
人生に絶望した人にとって必要なのは、諦めずに一緒に考えてくれる人がいること。
一緒に人生が良くなるように考え、行動してくれる人がいてはじめて、絶望から立ち上がって前向きになれるんです。

 

そんな、絶望してる人が立ち上がる瞬間を間近で見られることが、どんなにすばらしいことか。
人間の可能性を信じ、元気をもらえる仕事は、福祉以上のものはないと断言します!

 

社会的企業(ソーシャルビジネス)に大注目!

実際に働く場所は役所や民間の福祉施設が多いけど、注目したいのは社会的企業
ソーシャルビジネスとも呼ばれ、ビジネスの手法を用いて社会問題の解決を目指して活動しています。
あのgoogle先生も注目しており、社会にインパクトを与えるプロジェクトを応援するプログラムを実施。

下手な大企業で消耗するより、はるかにエキサイティングな毎日を送れること間違いなしです。

最近は新卒採用を始める会社も出てきており、自分も今新卒だったら絶対応募するのに…と思わずにはいられません。
良い時代になりましたなー。

 

どうでしょう? 少しは福祉のイメージは変わりましたか?
お給料も大企業並みとはいきませんが、普通に生活できるお金はもらえます。
周りに流されて就活するのも良いですが、福祉のお仕事にも目を向けてみると面白い世界が開けるかもしれませんよー。

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