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人生相談所で働いてるけど、なんか質問ある?

「生きてていいかも」が3ポイント上がるブログ

ぼくはフリートークができない。人の感情とかよくわからないから

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「ねえ」

「うん」

「この前、会社で飲み会があって」

「うん」

「誰の彼女がどうとか、年取ったから病気がなんだとか、周りが意味ない会話ずっとしてて。帰りた過ぎて死にたくなった」

「あら」

「そういう風に思うとき、ない?」

「えー、でも、浅い付き合いの会話ってそんなもんじゃない? フリートークってやつだよ」

「はあ」

「別にみんなふつうにやってることだし」

 

フリートークの意味がわからない

「ぼくはふつうにはできないなぁ。てかいつも思うんだけど、フリートークってなくてもよくない?」

「えー、どういうこと?(笑)」

「なんていうか、フリートークって、「いい天気ですね」とか「最近どうですか」とか、意味ない会話ってイメージで。意味ない会話とか、する意味なくない?って思っちゃう。

「でもするときあるでしょ?」

「うん、あるね。やりながらこの会話意味ないなって思ってる」

「思っててもできてるならいいじゃん」

「いや、そうなんだけどさ。社交的にやらなきゃいけない場面が出てくるから、なんとなくできるように振る舞ってるだけ。」

「あー、ほんとはできないし意味ないって思ってるけど、うわべだけできるように見せてるだけってことね」

「そうそう。だからめっちゃ疲れる」

「別に疲れなくても、ふつうに浮かんだことしゃべればいいのに」

「それが浮かばないから困ってるんじゃないか」

「浮かばないのにどうやってしゃべってるの?」

「フリートークって、フリーって言いながらある程度パターンが決まっててね。さっきの天気の話とか。頭の中で想定問答をインプットしてシュミレーションして、その通りにしゃべってるだけ。

「めっちゃ頭使ってるね(笑)」

「そうなのよ。だから疲れるし、楽しくない」

「楽しくないならしなきゃいいのに」

「そんなわけにもいかんでしょ。だって、大勢の人と飲み会とか、がんばって避けてるけどどうしてもあって。そんなときにできるようになってると便利なんだよ。ほんとはやらないに越したことはないね」

「うーん」

「なにさ」

「それって、人間嫌いってこと?」

「うーん、そんなこともない。人と話すのは好きだよ。意味のない話をする意味が分からないってだけ」

「あー、内容の問題なのね」

「そうそう」

「どんな内容なら楽しいの?」

「…仕事の話とか?」

「仕事人間ってことかい(笑)」

「いやいや(笑)でもそうなのかな。よくわかんない」

「なんで仕事の話ならいいんだろう」

 

フリートークは内容よりも感情のやりとりをするもの

「…たぶん、人の気持ちとか感情とかがよく分からないんだと思う」

「ほう」

フリートークって内容より感情をやりとりして仲良くなるためにするものでしょ?はじめましての関係からちょっとだけいい関係になるきっかけみたいな。そもそも、その感情のやりとりってもんがよくわからなくて。
仕事って、相手がどんな人かわからなくても共通の内容で語れる便利なテーマなんだよ。感情の交流ができなくても内容で交流できるから、ぼくにはとても合ってる。」

「ふむ」

「だから、ぼくのフリートークは感情の交流をしてるわけじゃなくて、ただ薄い内容の話をしてるだけなんだ。さっき言った目的に沿って淡々としてるだけ。そりゃつまらんよね(笑)」

「うーん」

「人と会話してても感情をダイレクトに理解するんじゃなくて『こういうテンションでこういうこと言ってるから、きっとこんな感情抱いてるんだろうな』とか、一生懸命推理しながら話聞いてる。」

「それは大変だね」

 

感情がわからないのか、わかるまで時間がかかるのか

「他人の感情だけじゃなくて、自分の感情もわからないもん。
自分がこんな気持ちになったとか、あんまり人に話せない。他人に自分の気持ちをわかってもらいたいと思うときはあるけど、その前に自分の気持ちを自分で気づくのが大変。
だからなんか、小さいときからさびしかったな」

「さびしかったの?」

「そう。ほんとは感情の交流ってしてみたいし、周りの人達はかんたんにしてそうなんだけど、自分にはそれはひどく難しいことで。
だれも自分の気持ちがわからないし、自分も他人の気持ちがわからない。あたりまえだよね、自分で自分の気持ちがわからないから、言葉にして伝えられないだもん。」

「そうなんだ」

「あんま理解されないと思うけどね」

「…あれ?でもさっき、さびしいって言ってたよね。自分の感情わかってるんじゃない?」

「…そうだね(笑)」

「そうだよ(笑)」

「なんでだろ。あー、たぶん、これだけゆっくり考えて、やっと自分の気持ちに気づけたんだ。テンポの早いの会話だったら、こんな風にいかないよ」

「てことは、感情がわからないんじゃなくて、わかるまで時間がかかるだけなんだ

「うーん、そうなのかな。よくわからない」

 

フリートークはうわべだけの会話だとわりきったほうがラク

「そっか。でも、フリートークができなくて悩んでる人って他にもいるんじゃない?」

「そうかもね。
多分、世の中の人たちってフリートークをそんなに深く考えてやってないと思うんだ。うわべでできるようになってれば、それでじゅうぶんだと思う。さっきも言ったけど、頭の中で想定問答をインプットしてシュミレーションして、その通りにしゃべればいいんだと思う。
フリートークできない理由はひとそれぞれだと思うけど、理由で悩むのとフリートークができないことは分けて考えてもいいと思うな」

「そうだね、きみもなんとかなってるんだものね」

「そうそう。ありがとう、話を聞いてくれて。なんかうれしかった」

「また感情を言えてるじゃない(笑)」

「そうだね(笑)」

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『学校は"呪い"にかかる場所。それを解くのがわたしの仕事。』と保健室の先生は言った

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学校で"呪い"をかけられる人々

自分のところに相談に来る人から、
学校でのしんどい経験を
ずっと引きずってる話を何度も聞く。 

クラスメートのうわっつらの話についていけなくて、
ひとりでふわふわ空想にふけってて。

わたしはこれで楽しかったしよかったんだけど、
なんか周りに気持ち悪がられて。
『あー、わたし変なんだ』って思った。

それから変に思われそうなこと一個ずつしないようにして。
気づいたら自分がなにしたいのか、
なにが好きなのか分かんなくなった。

とか、たとえば。

学校で自分の好きなこと否定されなければ、
その人は今よりずっと生きやすかった。

変って言われて直そうとしてたけど、
直したくない自分もいて。

わたしは生まれたときから
ずっとこんなだったし、
これからも変わらないし、変われない。

でも、変って言われたのが
ずっと頭の中で繰り返されてて、
どんどん自分を押しこめてってた。

 

 

話を聞いて、これは"呪い"だなと思った。

学校で変だって言われて、
言われたことを頭の中でずっと繰り返して、
とっくに卒業した後も、苦しみ続けて。


その人はただ、
自分の好きなことを考えて
やりたいようにやってただけなのに。

 

学校では、誰しも呪い、呪われる

そんなことを友だちの保健室の先生に話してみた。

そしたら、こんなことを言ってた。

学校の中では

誰しも呪われる要素があって

誰しも呪ってしまう要素がある

 

さっきの話で"呪い"をかけたクラスメートは、
自分が変だと言われたときに
反論することができなくなる。

他人に"呪い"をかけることは、
自分自身にも"呪い"をかけるのとおなじ。

 

"呪い"のきっかけはひとそれぞれ。
発達障害とかセクシャルマイノリティとか
名前がついてるものもあるし、
ポエムが好きとか趣味嗜好なこともある。

要は、少数派なことならなんでもいいんだろう。

 

自分がいつ少数派になるかなんてわからないのに、
他人にも自分にも"呪い"をかけてるなんて気づかずに、
日夜、"呪い"をかけあいかけられあってる。

 

"呪い"を解くのがわたしの仕事

なんて話をした後に、
保健室の先生はこう言った。

"呪い"を解く草の根運動展開してやんよ!!

 

さっきの人も、
学校にいるうちから"呪い"が解けてれば、
そのあと何年も悩まずにすんだ。

"呪い"を解くには、
呪われてた時間の倍はかかると思う。

学校でかけられた"呪い"が
学校で解くことができれば、
こんなにいいことはない。

 

保健室の先生以外にも、
スクールカウンセラーとか
スクールソーシャルワーカーとか
"呪い"を解く運動をしてる人はいるはず。

大事なのは、肩書よりも人間。
若いうちにこの先生みたいな人に出会えたら、
きっと幸運だ。

 

自分も、出会った人と一緒に
"呪い"を解く作業をしてる。
いままでも、これからも。

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子どもの貧困、特に関係性の貧困を助長する「2つの断絶」

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子どもの貧困は経済的な貧困だけでなく、関係性の貧困が重要だと言われている。

 

基本的には、子どもを気にかける大人が多ければ多いほど、子どもにとってはいい。

子どもを気にかける大人が多ければ、経済的な貧困を脱却できる手立てが得られる可能性が高まり、関係性の貧困にもおちいらずにすむ。

社会制度的に子どもを気にかける仕組みを見てみると、断絶しがちな部分が2つある。
これを子どもの貧困を助長する「2つの断絶」と名付けて、それぞれ考えてみる。

 

 

 

 

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1.未就学から小学校入学

保育園から学童保育に切り替わる「小1の壁」

この間に起こる困難さとしてよく言われる「小1の壁」。

就学前は保育園に通っていた子どもが、小学校入学にともなって学童保育に入ることで起こる問題がこう呼ばれている。

主に、共働き家庭において、子どもを保育園から小学校に上げる際、直面する社会的な問題を、『小1の壁』といいます。
保育園では、延長保育があるところも多く、ある程度遅い時間まで子どもを預かってもらえます。
しかし、公的な学童保育では通常18時で終わってしまうところも多く、保育園よりも預かり時間が短くなってしまい、子どもは、家で一人で過ごすことになります。
小学校に入学して急にしっかりするわけではないので、保護者は安全面でも精神面でも心配がつきません。
また、小学生になると、時短勤務制がなくなる企業も多く、子どもの小学校入学を機に働き方の変更を迫られるワーキングマザーの方が多くいるのが現状です。

 

(引用元)小1の壁とは? | 東急グループの学童保育

これ、ひとり親だとなおさら大変。

子どもが夜家に1人で過ごしたり、親が早く帰れる非正規の仕事にならざるを得なかったり。

 

就学前まで充実していた子育て支援の終了

子どもが小学校に入る前までは、生まれた子どもを全員把握するレベルで手厚く支援する仕組みがある。

就学前の子どもが行ける場所といえば、保育園や幼稚園。
市町村によっては、ほかにも子どもと親が一緒に行ける場所を用意しているところもあるようだ。そこで子どもの成長具合を把握したり、親の相談にも乗っている。

地域担当の保健師もいて、定期健診や家庭訪問で家庭状況を確認して親にアドバイスとかしてる。虐待リスクの把握や子どもの順調な発達を確認する意味もある。

 

そんな支援環境が、小学校入学を期にがらりと変わる。
子どもと家庭の支援は基本学校が一手に引き受ける。虐待のリスクなど、深刻なケースは児童相談所とかが関わるが、リスクが少ないほとんどのケースは学校任せ。

学校の先生は教育のプロではあるけど、全生徒の家庭状況を把握して親と子どものケアをするほどのスキルも余裕もない。

それでも小学校はまだよくて、中学校になるとさらに難しくなる。
大多数の生徒と教師にとって、目標が「高校受験」になるからだ。加えて教師には部活の顧問もある。

教師の持ち時間で家庭のケアまで回す余裕は、ますますない。

 

 

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2.中学校卒業、高校中退・卒業後

中学や高校を辞めた後、子どもの所属がなくなってしまう

中学校までは義務教育なので、子どもはかならずどこかの学校に所属している。

中学校卒業後は98%が高校進学しているので、ほとんどの子どもはその後3年くらいは高校に所属している。
所属があれば中の人が子どもを気にかけてくれる可能性はあって、そこから生活が立て直っていくこともある。

しかし、学校を辞めたらその可能性もゼロだ。
所属がなくなるということは、子どもを気にかけてくれる家族以外の大人がいなくなるということ。
家族が自分の子どもを気にかけない、かける余裕がなければ、その子どもを気にかける大人は本当にゼロになる。

 

若い人の暮らしを支援するしくみが貧弱すぎる

いまの日本には、若い人を支える仕組みが本当に貧弱。
どんなところがあるか、思いつくままに列挙してみる。

書いてみたらいろいろあったけど、現場の感触からするとどれも発展途上。まだまだこれから。
なにより、若い人が自力でこうしたところにつながるのが難しい。相談できるところがあることをまず知らないし、知っても相談に行くのは相当の勇気がいる。
それに、自分の悩みを相談するってのは、そんなにかんたんじゃない。

 

まとめ

ここまでで、子どもの貧困を助長する「2つの断絶」を考えてきた。

  1. 未就学から小学校入学の断絶
  2. 中学校卒業後、高校中退・退学後の断絶

制度改正など待っていられないので、自分も現場でこれから取り組んでみる。

ある大先輩にこの件を相談したら「解決まで10年かかる」と言われた。
ならば焦ってもしかたないので、じっくり腰をすえてやってみようと思う。

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「なにかあったら相談して」と人は言うが、相談するにも練習がいるのだよ

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「なにかあったら相談して」

 

なんとなく困ってそうな人に対して、こんな言葉かけをしたことはないだろうか。
自分はよくある。

何気なく伝えるこの言葉、よくよく考えるとそうとうハードルが高いことだなぁ、と思う。

 

相談の現場で、こんな人とときどき出会う。

生きるか死ぬかのギリギリになってからはじめて相談に来る人。
一回会って話ができても、その後連絡が途切れてしまう人。
なにが相談したいのか聞いてもわからず、同じ話を何度も電話してくる人。
社会への恨みをただひたすら言い続けて、話が前に進まない人。

もっとうまく相談できたらこんなに困らずにすんだのに、とも思う。
でも多分、他人に相談することって、けっこう難しいことなんだ。

 

他人に相談するために必要な3つの条件

他人に困りごとを相談するには、次の3つの条件をクリアする必要がある。

  1. 「相談するといいことがある」と思える
  2. 相談したいことが自分でわかっている
  3. 相手にわかるように言葉にして伝えられる

ひとつずつ考えていく。

 

「相談するといいことがある」と思える

なんて書くと「そんなことは当たり前」と思うかもしれない。

 

不思議なことかもしれないが、世の中にはそうではない人がたくさんいる。

 

  • 親の意に沿わないことをやろうとすると全て邪魔されてきた。
  • 親がメンタルの病気で、ものごころつくころから親の"ケア役"を担わされてきた。
  • 発達障害があって落ち着きがないのを親に否定され、厳しく指導された。
  • いじめをうけて教師に相談しても、なにもしてもらえなかった。
  • メンタルの症状が辛くて相談しても、「薬を飲め」としか言われず気持ちを受け止めてもらえなかった。

などなど、こんなのは実際に見聞きしたごく一部。

 

家庭や学校などで他人に力になってもらったことがない人が、誰かに相談したら力になってもらえると想像できるだろうか。

実際に困って相談しても相手にされない経験を味わった人が、いまさら他人に相談したいと思うだろうか。

 

 

相談したいことが自分でわかっている

これまた不思議なことを言うようだけど。

 

自分がなにを相談したいのか、自分でわかっている人はそう多くない。
ましてや、他人に相談する経験を積んでこなかった人はなおさら。

自分の気持ちを押し殺して生きてると、だんだん自分の気持ちがわからなくなってくる。
いざ他人に相談してみようと思ったときに、適切に自分のことを話せなくなる。

 

親の言いなりになって生きるしかなかった人で「自分がなにがしたいかわからない」って感じてる人は多い。

自分よりも親が望むことを優先して考えてると、いつしか自分がなにを望んでるかわからなくなっちゃうんだ。

 

相手にわかるように言葉にして伝えられる

相談したいことが自分でわかってても、まだじゅうぶんじゃない。
自分の考えを言葉にして伝えることって、なかなか難しい。

 

コミュニケーションって、うまくなるには練習が必要なんだけど、ある程度のコミュニケーション能力がないと経験を積める場に参加できない。ってかさせてもらえない。

コミュニケーションをうまくこなせる人はますますうまくなって、下手な人はどんどん取り残される。コミュニケーション格差が広がっていって、理解も得られず孤立を深めていく。

 

私的領域に公的支援が必要になった

いままで、他人に相談するときには以下の3つの条件を満たす必要がある、と述べてきた。

  1. 「相談するといいことがある」と思える
  2. 相談したいことが自分でわかっている
  3. 相手にわかるように言葉にして伝えられる

もし、あなたが誰かに相談してほしいと思ったら、相手がこの3つの条件を満たしているかを考えてほしい。

 

その人が他人が自分の力になってくれると期待してなかったら、他人と一緒に過ごす安心感、力になってくれる期待感を持ってもらうことからはじめなきゃならない。

それは多分、ただ一緒にいるだけでいいんだと思う。
無理に言葉にしなくても、一緒にご飯を食べたり遊んだりしてればいい。実際、それだけで元気が出て自分の力で解決に向かえる人もたくさんいる。

そんな時間を重ねていろいろ話しているうちに、その人はあなたに相談してくる、かもしれない。
かもしれないくらいの気持ちでいたほうが、きっとお互いラク。

 

もし、あなたが誰かに相談したいのに誰も一緒に過ごしてくれない場合、ここに電話してみるといいかも知れない。

国がお金を出して運営している、24時間・365日の電話相談。

 

よりそいホットラインの報告書にこんな記述があった。

私的領域に公的支援が必要になった

本当にそうだなぁと思う。

 

一緒にご飯を食べて、他愛のない話をする。
どこにでもある「私的」な時間を重ねて、人はコミュニケーションの練習をする。

そんな、当たり前のコミュニケーションの練習ができる人間関係を持たない人が、安心して練習できる機会。

 

「私的」にそうした機会をいつまで経ってもつくれないんだったら、「公的」なところで用意したらいい。

 

「なにかあったら相談して」と言う前に。

「なんでそんなに困ってるのに相談しないのよ!」と言う前に。

 

その人があなたに相談する準備ができてるか。

その人があなたに相談する準備を一緒にできないか。

考えてみたらいいと思う。

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週イチで生活保護を通してるソーシャルワーカーが申請方法を説明してみたよ

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さいきんネットで生活保護についてググる機会があって、申請の仕方を解説してるページがいくつかあって読んでみたのだけど。
そしたら、いまいちわかりづらい上にサイトによって書いてあることがバラバラで、これは混乱すると思った。

先週も生活保護受けたい人と役所に行って申請通したから、経験をもとに申請の仕方をまとめてみた。

 

ひとことで言うと、

生活保護は、1つの基準と2つの準備がわかればOK。 

では、さっそくいきます。

 

もくじ 

 

 

生活保護の申請で基準になる、たった1つのポイント

たいへん大事かつ誤解が多いことなので、最初に書いておく。

 

生活保護の申請でポイントになるのは、たった1つ。それは、

収入・貯金・資産が、生活するのに不足してるかどうか。

申請に当たって他にもいくつか確認されるけど、大前提はこれだけ。

 

大事なことだから繰り返すけど、

生活保護のポイントは生活するお金や資産があるかどうか。

ホントにこれだけ。

 

家族がいる人はダメとか、働けそうだったらダメとか、借金があったらダメとか、世間的にはいろいろ言われてるけど、そのへん考えるのはいっかい後回しにしてOK
なんで後回にするかというと、こういう枝葉のことで引っかかって、「自分には生活保護が使えない」と思い込んでる人が多すぎるから。

申請するときに面接で実際いろいろ聞かれるんだけど、その対策はまた後で。

 

収入はだいたい10万円がボーダーライン

「生活するお金や資産があるかどうか」はどうやって判断されるのか。

これは国が基準をつくってて、そこで生活できるギリギリの金額が決められてる。
この「ギリギリ生活できる金額」のことを、最低生活費という。

最低生活費は住む場所によって変わってくる。都会ほど高く、田舎ほど安い。一人暮らしの場合、だいたい月の収入10万円前後がボーダーライン。

最低生活費からいまの収入を引いた金額が、生活保護でもらえるお金になる。収入は、仕事の給料・年金・仕送りなど、定期的な収入は全部含まれる。

最低生活費には足りないけど、めっちゃ少ない給料でギリギリ生活してる人は、生活保護で数万円かはお金をもらえるかもしれないのだ。

月に数万円だとしても、あるとないとじゃ全然違う。

 

貯金はだいたい5万円がボーダーライン

貯金については、最低生活費の半分以下だったら、持ったまま生活保護を申請できる。それ以上持ってたら、生活保護のお金を最初にもらえるときにその分マイナスされることになる。
月の収入10万円前後が最低生活費のボーダーラインなので、貯金がだいたい5万円前後まで減るのを待ってから申請するイメージ。

あと、借金があっても生活保護の申請には関係ない。
生活保護のお金で借金の返済は原則できないけど、申請する段階でそれは考えなくていい。自己破産とかになるかもだけど、それも生活落ち着いてから考えればOK

 

資産はすぐにお金に替えられるものは生活費に

毎月の収入以外になにかの資産がある人は、先にそれをお金に替えて生活費にあてることになる。
資産とはなにかというと、よく言われるのはこんな感じ。申請する本人名義のものだけなので、家族が持ってるものは関係ない。

  • 解約したらお金が戻ってくる保険(生命保険とか)
  • 数十万単位で売れる貴金属腕時計など
  • 証券
  • 土地建物とかの不動産

でも、不動産と車については、持ってても生活保護を受けられるパターンがいくつか。

お金に替えるといっても、保険や腕時計ならともかく、不動産や車は売りたくてもすぐには売れないもの。
お金に替えるのに時間がかかるものは、売れるまでの間いったん生活保護を受けることは可能だったりする。売れたら役所にお金を返せばOK

いま住んでる家が持ち家だったり、病気とかで生活に車が必須なときは、持ったまま生活保護を受けられる場合もある。

この辺はケースバイケースなので、こっち側で勝手にあきらめないほうが吉。

 

ここまで、生活保護の申請でポイントになる、お金の話をしてみた。
まとめるとこんな感じ。

  • 生活保護収入・貯金・資産がたった1つのポイント
  • 収入=最低生活費を下回ってること。だいたい10万円がボーダーライン
  • 貯金=最低生活費の半分以下。だいたい5万円がボーダーライン
  • 資産=すぐにお金に変えられるものは生活費に。時間がかかりそうなものは後回しでOK

 

 

生活保護の申請に行く前に準備すること2つ

さて、無事にお金の部分がクリアできたら、生活保護の申請に行く準備をしよう。

準備することは2つ。

  1. 役所に持っていく持ちものを用意する
  2. 面接で聞かれる内容をまとめておく

 

【役所に持っていくもの】

役所に持っていくものは、こんなものがあればいい。

  • 健康保険証
  • 年金手帳
  • 家賃がわかるもの アパートの契約書など
  • 給与明細 3ヶ月分
  • 年金証書(年金でお金をもらってる人)
  • 記帳された預金通帳(口座がある銀行全部)

なくしてたらできれば再発行してもらった方がいいけど、無理ならしなくてもOK。いろいろ余裕がないときに余計な手続きを増やしてもしょうがない。

こころとからだのエネルギーを大事にしよう。

 

【役所で聞かれる内容をまとめる】

役所で生活保護の申請をするときに面接を受けるのだけど、そこで聞かれるポイントは2つ。

《働けない理由はなにか》

たとえば、うつ病とかのメンタルの病気で働けない、就職してもすぐクビになって働きたくても働けない、ネカフェ生活してて住所がないから雇ってもらえない、とか。

基本的には現状をそのまま伝えればOKだと思うけど、できるだけ分かりやすいストーリーにできた方が納得されやすい。

 

《家族や親族に頼れない理由はなにか》

働けない理由より、こっちの方が大変かも。

『家族から仕送り受けたり、実家に帰れないんですか?』って聞かれる。
仕送りはともかく、実家に帰れるんなら生活保護の相談なんかしませんよ、って思うけど、役所の中の人もお仕事なんでしょうがない。 

 

生活保護を申請すると、家族や親族に役所から手紙が届く。内容は『この方が生活保護を申請したのですが、援助ができますか?』といったもの。
これに家族が「まるごと面倒みます」と言われなければクリア。「援助できません」はもちろん、「一部だけ援助できます」でも、仕送りを引いた金額をもらえる。

この手紙の返事をどうするか、できる人は事前に家族と相談しておくといい。
仕送りしてもらえるならそれに越したことはないけど、家族が生活苦しくなるまでやることじゃない。ここで無理はしなくてOK

 

「家族や親族」とはどこまでの範囲なのかというと、基本は配偶者、親、子ども、兄弟姉妹。
本当は祖父母とかも入ってくるけど、基本年金生活だからお金の援助はなかなか難しい…。役所の人もそれをわかってるのか、先週申請に同行したときは、祖父母のことはなんにも聞かれなかった。

このへん、役所によって対応にばらつきあると思う。

 

連絡してほしくない家族がいる場合

この「家族や親族」のなかで、絶対に手紙がいってほしくない人もいるかもしれない。
そこはきちんと理由を伝えれば、役所が手紙を送らないようにしてもらえる可能性はある。

たとえば、

  • 関係が悪くて何年も連絡を取っていない
  • メンタルの病気に理解がなくて、会うと病状が悪化する
  • 一回生活保護の申請したときに「援助する」と言ったのに、実際は援助してくれなかった

役所の人は戸籍をみて家族のいどころを調べるので、「死んだ」とかのウソは通じない。ここは正直に。
でもはっきり言わないと伝わらないこともあるので、負の感情はマシマシで表現しよう。

メンタルの病院行ってる人は医者に協力を求めるのもいい。
役所から医者に状態確認がいくので、そのときに「家族と接触すると病状が悪化する」と言ってもらうのだ。

 

ここまで、生活保護の申請に行く前に準備することを書いてみた。
まとめるとこんな感じ。

  • 役所に相談に行く前に、持ち物面接で聞かれる内容を準備
  • 持ち物はできるだけ用意を。通帳の記帳を忘れずに!
  • 家族に連絡をとってほしくない人がいたら、全力で伝える

 

 

役所に行ってもダメだったら、援軍を呼ぶ

準備ができたら、役所の生活保護の担当に行ってみよう。
1回でどうにかなると思わずに、何回かかかる覚悟を持っておくと精神衛生上いい。

でも、何度行っても門前払いされることもある。水際作戦ってやつだ。
そんな目にあったときのために、呼べる援軍をここに書いておく。必要に応じて活用してほしい。

 

よりそいホットライン

279338.jp

 

24時間365日フリーダイヤルの電話相談。

つながりにくいかもだけど、相談内容に応じて対面で支援してくれるところにつないでもくれる。

相談は電話で。

0120-279-338

0120-279-226(岩手・宮城・福島専用回線)

首都圏生活保護支援法律家ネットワーク

www.seiho-law.info

生活保護申請を支援する法律家による、19都道府県にまたがるネットワーク。「首都圏」と書いてあるけど、それ以外でもやってるみたい。
弁護士に相談とかお金とられるイメージだけど、生活保護がもらえてから分割払いでOK

相談は電話で。
048-866-5040 平日午前10時から午後5時まで

 

認定NPO法人 自立生活サポートセンター・もやい

http://www.npomoyai.or.jp/

 

東京のNPO。ホームレスな人たちの支援をしていて、生活に困る人の相談にも乗っている。

相談は面談・電話・メールで。連絡先は下のリンクから。

http://www.npomoyai.or.jp/seikatsusoudan

 

さいごに(おことわり)

できるだけシンプルにするために、くわしい説明をかなりはしょってみた。

具体的な金額とか、地域によっては誤差が出るので、目安程度に思ってほしい。
1人暮らしの人を想定して書いたけど、2人以上の人も基本は同じ。

あと、これを読んで『生活困ってるけど自分はムリそう』と思っても、あきらめないで!
上に書いてある援軍にとりあえず相談してみることをオススメする。

 

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昔は足りない力を"支援”すればよかった。今は自分でがんばれるように"応援"する方が大事

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最近よく考えること。
いままでの考え方が通用しなくなってきてて、新しい方法を考える時期がきてる。

 

生活に足りない部分を"支援"する考え方では通用しなくなってきた

自分は10年近く福祉の業界で働いてきてて、精神科の病院とか、市役所の窓口みたいなところとかで、お金とか心身の健康で悩む人の相談を受けつけるお仕事をしてきた。

そこで困った人の相談に乗る基本スタイルは、来た人の事情を聞いて、補助金とか当てはまる社会制度があれば情報を伝えるかたち。その人に足りない部分を補える"支援"を当てはめるイメージで相談に答えてた。

役所もふくめて、多くの相談窓口ではいまもこんな感じで、実際これで助かる人もいるんだと思う。
でも、いまの相談所で働き出してから、そのスタイルがまったく通用しないパターンが増えてきた。特に10代後半〜20代の人たちに多い感じ。

 

架空のケース例をつくってみると、こんな感じ。

年齢は20代くらい。

大学卒業して働きたいと思ってても、メンタルの病気があってなかなかできずにいた。
小さいときから親から「お前はなにをやっても上手くいかない」的なことをずっと言われ続けてきて、一緒に暮らしたくないけどお金もないから一人暮らしもできない。
精神科にも通おうかと考えたけど、お金もないし通っても意味ないと思うから行っていない。

それでも生活をどうにかしたくて相談所に来た。どうしたらいい?

 

こんな内容を役所とかで相談すると、だいたいこんな感じで答えが返ってくる。

・精神科の通院費は補助できる制度がある。親と相談してお金を出してもらってください。
・メンタルの病気で障害年金がもらえる可能性がある。精神科の病院に行ければ診断書を書いてもらえる。
・仕事したいなら、トレーニングできる場所がいくつかある。連絡先を教えるので自分で連絡とってみて。

…どうだろうか。

 

いまの相談所で働きはじめてすぐ、相談に来た人にこんな感じで返していたら、こう言われた。

「そんなことができれば、苦労はしないです」と。

 

家族の力が弱まって、"支援"につながりづらくなってきている

昔は"支援"にまつわる情報だけ伝えられれば、それだけでなんとかなってきたのだろうと思う。
それはひとえに、家族のサポートがあったからだ。

本人が自分で社会制度にアクセスできなくても、家族が代わりに手続きできる。衣食住の基本も、家族が用意してくれる。
家族のひとりが困っても他の家族が"支援"してくれて、本人も家族も足りない部分は社会制度が"支援"してくれていた。

でも、今はそんな世の中じゃなくなった。
さっきの例にもあったように、親と一緒に暮らしてても関係が崩壊してたり、親自身も病気とかで生活に困っていると、とたんにサポートが得られなくなる。核家族化が進む前なら3世代で支え合えたのだろうけど、とっくにそんな時代じゃない。

こうして家族の力が弱まってきたことで、"支援"につながりづらくなってきてる。

 

学習性無力感は"支援"だけではどうにもならない

だからといって1人で"支援"につながるために動こうにも、この例ではそもそもメンタルの病気がある上、親から「何をやってもうまくいかない」なんて呪いをかけられ続けている。

親から言われなくても、自分でいろいろやってみた結果まったくうまくいかずに、失敗体験ばかり重ねてしまう人にもたくさん出会ってきた。

そんな人たちに「こうすればうまくいくから、やってみよう」といきなり言ったところで、すぐに動けるわけがないんだ。
学習性無力感といって、「何をやってもうまくいかない」と考えてる人は、自分が助かるための行動をしなくなってしまう。だって、うまくいかないのにやっても意味が無いから。

 

そもそも、足りない力を補う"支援"ってものは、学習性無力感とすこぶる相性が悪い。

"支援"を受ける=自力で生活できないダメなやつという考えが強化されてしまう。だから"支援"につながりにくいし、つながってもますます元気がなくなってしまう。

家族の弱体化と本人の学習性無力感
この2つが相まって、昔ながらの"支援"につなぐスタイルが通用しなくなってきてる。

 

足りない力を"支援"するより、自分でがんばる"応援"をする

学習性無力感のところを読んで、「そんなのワガママ」と思うかもしれない。"支援"が受けられるんだからありがたく受け入れろと。
そう、そんな誤解をして接するから、昔のやり方が通用しなくなるんだ。

 

相談に来た人から、こんなことを言われたのをよく覚えてる。

「私の代わりに勝手に問題を解決しようとしないでください。私が自分で解決できるように手伝ってほしいんです」 

周りが勝手に解決方法を決めて"支援"するのは、その人にとっては無力感を増幅させるだけ。
その人自身がこれからを決めてやり遂げる"応援"の方が本当は必要なんだ。

その人に必要な情報を取捨選択しながら説明し、ときには手続きに同行したり、一緒に動いてみる。
折れそうな気持ちを整理して、これからの生き方を話し合う。
ときには一緒にご飯やお茶をしたり、似たような状況の人たちを集めて遊んだりしてみる。

そんなことをして一緒の時間を重ねるうちに、いつの間にか自分で動けるようになってたことも実際にあった。こちらは定期的に報告を受けて、次の動きを一緒に考えるだけの人もいる。
おもしろいことに、社会制度の話はどんどん少なくなって、生き方とか人間関係とか、抽象的な話が多くなってくる。そういう話を腹を割って話せる人間関係こそが、本当は必要なものなんだ。

 

社会制度の"支援"から"応援"へのアップデートは、すぐにはなりそうにない。
どんな"応援"をするかはその人ごとのオーダーメイドだからだ。
現場で試行錯誤して実績を重ねていこうと思う。

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弁護士から少年事件の現状を聞いた。そしたらけっこう衝撃的だった

去年、少年事件を熱心に扱ってる弁護士さんから、ふだんどんな活動してるのか聞いたことがあった。そこでの話がけっこう衝撃的だった。
ので思い出したようにシェア。

 

問題その1:少年事件には弁護士がつく権利が保障されてない

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裁判所HPより引用

まず、大人の刑事裁判にあたる少年審判に、全員弁護士がつけられるしくみがないこと。

刑事裁判は国選弁護人といって、国のお金で全員弁護士がつくしくみがある。だから、お金のない人でも弁護士を頼める。
でも、少年審判にはそんなしくみがなくて、「それじゃまずいだろ」と考えた弁護士会が変わりにお金を出してる。弁護士会の財源は弁護士が払う会費なので、自分たちの報酬を自分たちで払うっていう訳分からん感じになってるのだ。

なんで少年審判に弁護士がつかないかというと、大人の刑事裁判とは違って有罪・無罪よりも今後の子どもの暮らしをどうするかを決めるのが目的だから。
だからといって子どもの代弁者は必要で、法律面でそれが一番できるのは弁護士。てか大人より必要必要だと思うのだが。だって、15歳とかのときに、裁判所で自分のことしゃべれとか言われても無理じゃない?自分だったらとりあえずストレスでお腹壊してるわ。

 

問題その2:事件後のフォローがボランティア頼み

あと、少年審判のあと家に帰された子どものケアがスカスカすぎる。

少年審判での大きな分かれ目は「家に帰れるかどうか」
検討の結果、家に帰れる状態じゃないとなったら児童養護施設とかに行くわけだけど、家の環境が施設に行くまでじゃなければ、基本は家に戻ることになる。
問題は、家に帰った後のフォロー。

とりあえず少年審判が終わるときに裁判所の人とかが親とかに「子どもをしっかりみてね」とか指導するわけだけど、言われてできるならだれも困ってないわけで。
シングルマザーとかのひとり親家庭で親に余裕がなかったり、親や子どもに病気や障害がある場合もある。指導されても親にはどうしようもないことだってある。

家族以外につく人がいないかと言えば、そんなこともない。ひとつは「保護司」。保護観察処分になった子どもには担当の保護司がついて、定期的に会って様子を見たり相談に乗ったりする。
でも、でもね。この保護司が基本ボランティアで、校長先生OBとかえらい立場だったおじいちゃんとかなの。まずボランティアかよ!!って話だし、孫と祖父母くらいに年が離れてる人に相談ってカンタンなことじゃない。

もうひとつは「職親」。補導とか少年院とかの経験がある人たちを受け入れて、仕事と住まいと身元引受をする。
やってる方々はすごいと思う、本当に。ただ、ボランティアなんですよ、またもや。それに、仕事が続けられなくなったときにどうするか、ってのもある。寮とかに住み込みで働いていたら、退職したら家を失ってしまう。職と家を同時に失うという、本当に困った事態におちいってしまう。

つまり、補導された後に家に帰る人をアフターフォローする人は、ほぼボランティア。
ボランティアだから質が悪いとか言うつもりは毛頭なく、本来手厚いフォローが必要なはずなのにボランティア=善意に依存するしくみでいいの、本当に?ってこと。

 

まとめ。

まとめるとこんな感じ。
1.少年審判は大人の刑事裁判と違って弁護士をつける権利が保障されてない
2.審判後に家に帰った後のフォローがほぼボランティア頼み

日本の福祉のしくみ、広く知られてない欠陥=バグがまだまだあるはず。いろんな現場の人から話を聞いてみたら、もっとたくさん見つかるんじゃないかと思う。

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